2006年08月19日

うーん

 イチロウさん、すいません。まだメール流していません。もう8月になってしまいました。公開する前に、名簿の整理からしなければ・・・。
 
  

Posted by 清水研☆オールスターズ at 18:36Comments(0)TrackBack(0)

2006年05月11日

沖縄の都市計画のおかしいぞ序説~イントロ

 沖縄の都市計画、おかしいぞ!これについては簡単に言うのは難しいが、おかしいぞ!と一言で言うなら、そのおかしさは日本の市場経済に乗っているから、ということができると思う。社会の中の(言い換えれば世の中の)幸福もこのことがキーワードになっているような気がする。沖縄の観光に関して言えば、まさに市場経済に乗っているから、いつまでたっても東京ディズニーランドに追いつかない。
 観光が簡単なモデルとして示しやすいので、観光から先に書こうと思う。
 しかし、その前に、いくつかキーワードを示しておきたい。それは「差異化」「相対化」もう一つは「自然のあるところは、みな美しい」
 沖縄の観光が東京ディズニーランドにも、軽井沢にも、由布院にも負けてしまうのにはわけがある。とても単純なことは先に説明したとおり、市場経済に乗っているから、だ。それ以外に考えにくい。
 まず、沖縄は離島県である。そのこと自体で市場経済に乗らざるを得ない。航空だ。航空運賃が値上げされても誰も抵抗できない。
 そんなこと言われても・・・。と思われるかもしれないが、たとえ前提条件だとしても、それ自体をまず考えなければ、観光云々といえないだろう。仮に航空運賃の不正値上げがあったとして、誰が、何を根拠に不正というのか。民間の大手航空会社2社が談合したとしても、民間の談合を取り締まることは難しいだろう。また、格安チケットなどの問題もある。つまり、オンシーズン、オフシーズンの沖縄への航空運賃の価格設定は(沖縄が観光経済に頼っている現状でも)民間企業によって揺るがされてしまう問題でもある。大きな問題である。
 しかし、「航空」による弊害は、もうすでに出ている。オンシーズンの本土沖縄間の航空路線はほぼ満員御礼。これ以上観光客を運ぶ余裕がないのだ。観光客を運ぶ乗り物が一杯なのに、これ以上、オンシーズンに入るわけがない。人をこれ以上運ぶことができないにもかかわらず、観光客を増やしたい。それは無理難題、というものだ。なのでオンシーズンだけでなくオフシーズンも観光客を、というわけだ。
 問題はさらに続く。宿泊施設の慢性的不足だ。ホテルの稼働率は約70%以上ないと採算に合わない、といわれる。しかし、宿泊施設の値段が高い場合、泊まる客は少なくなる。かといって宿泊料金を下げられるか、というとそうでもない。採算ラインまで落として、やっとまかなっている、というのが現実なのだ。実際、宿泊料金の高いホテルは稼働率が低い、というデータを見せてもらったことがある。そういった宿泊ホテルはパック旅行での宿泊先として最低ラインの宿泊料金を強いられている。しかも、県外大手航空会社資本のホテルほど稼働率が高くて当たり前、なのだ。航空会社は航空運賃だけでなくホテルまでパックにして、旅行会社に対抗している、と言う前提がある。つまり、宿泊施設は大手航空会社資本のホテルも、他のホテルも、パック旅行に組み込まれ、最低ラインで稼動している、といえるだろう。パック旅行でホテルを利用してもらうとなると、よほど名の売れたホテル以外、採算すら厳しいのではないか、と思われる。
 宿泊施設で市場経済に翻弄されているのだから、あとは言うまでもない。薄利多売の観光産業である。今でこそ県内出身者のダイビングショップがあるものの、20年ほど前は県外から来た人が始めたダイビンクショップしかなかった。お土産にしても限られた客の奪い合いである。薄利多売になって当然、というものだ。商業地が増えれば増えるほど薄利多売に拍車がかかる。客の奪い合いになるから客商売はうまくなっても、本来のホスピタリティーは下がる。
 実際、観光客がどの程度いるのかを知るため、国際通り、平和通り、那覇市牧志の公設市場に行ってみた。平和通のお土産やさんを覗いても、ウチナンチュとわかると、店員が愛想良く引いていく。観光客じゃないと相手にされないことがあった。また、お土産品も薄利多売とはいえ、お土産品によって値段も変わってくることがわかった。いわゆる泡盛やお菓子などのお土産品は薄利多売なのだが、牧志公設市場に行くと海鮮食品や牛豚肉の値段は観光客料金になっている。しかも観光客の相手しかしない。公設市場からおばーの姿が消えるのも時間の問題だ。ますますホスピタリティーが下がる。
 この解決策の前に、なぜこうなるのか。理由は単純で、オンリーワンではないからだ。「世界に一つだけの花」が流行る以前に沖縄ではオンリーワンという言葉が流行った。沖縄県政上げてオンリーワンを奨励した。一体全体、あのころのオンリーワン賞はどこに行ったのか。
 沖縄の観光政策はぬるい。そうとしか言いようがない。
 さて、散々文句を言ったあとで、解決策を、と思ったが、ここで私が挙げたキーワードを振り返ってみよう。「差異化」「相対化」「自然のあるところはみな美しい」だ。
 離島県ということで、沖縄県民は「相対化」することが苦手なようである。県外なり、海外なりから観光制度を導入しても制度疲労を起こすことは目に見えている。にもかかわらず、先進観光地視察をやめない。最近、沖縄に新しいデューティーフリーショップができたが、大きな経済効果になるわけがない。沖縄がハワイ化したなら、ハワイに行ったほうがはるかに安上がりである。ハワイなら日本語しかできなくても十分満喫できる。東京から沖縄に行くよりハワイに行くほうが断然安い。感覚としてもハワイのほうがいいだろう。沖縄の観光行政は観光客が沖縄に何をしに来るのかわかっていない。
 ダイビング?風光明媚な場所?それもあるだろうが、ハワイになくて沖縄にあるものを拾い上げなければ無意味、というものだろう。ハワイにあるものを取り上げたところで、ハワイと沖縄の競争になり、また、勝負の世界に巻き込まれるだけだ。
 ではハワイにあって沖縄にないものは何か。おそらく流れている時間だろう。私は東京に1ヶ月程いた事がある。その直後に宮古に行き、石垣に行って、竹富島に行った。約 1ヵ月半にも及ぶ旅をした。宮古では先生の調査の手伝いだったが、東京から帰ってきて、丸1日沖縄本島にいたか、いないかで宮古島、竹富島に行った。そこで感じたのもは、流れている時間だ。こんなにもゆったりとした時間が流れているのかと思ったぐらいだ。同じ時計をしていっても、狂ったかのように見えた。それには感動した。たかだか1ヶ月だけでも流れている時間がゆっくりしているのだから、東京で生活している身になれば、沖縄はなんとすばらしいところなのだろうと思う。ハワイに行くパック旅行が、沖縄に行くパック旅行よりも2万円ぐらい安い頃でも沖縄に来る観光客が激減しなかった理由がわかるような気がする。
 流れている時間。なんと抽象的な、と思われるかもしれないが、それを見せることが不可能かどうかの検証だ。流れている時間が本土、特に首都圏と比べてゆっくりしてる。それを見せるのは簡単だ。何もない場所に行けばいい。先ほどあげたキーワード「自然のあるところはみな美しい」である。自然と人とが共生している場所、というのは、1日のうち、太陽の動き以外、変化するものがほとんどない。その自然が見慣れたものであれば、共感できるだろう。見慣れていない自然なら興味もわくだろう。そういうことだ。それは那覇でも海でなくてもいい。伝統的な集落ならなおいい。
 里山、というと少し違和感を覚えるが、沖縄にも本土で言うところの里山に近いところはある。ただ、沖縄の場合、その規模が小さい。大宜味村あたりがそんな感じ、とでもいえるだろうか。もし私が大宜味村長なら、こういう観光計画を立てるだろう。
 まず、大宜味村に観光地区というものを作る。たとえば帰如加がいいだろう。帰如加の集落はさほど手を入れなくても美しいので、それをそのまま使う。加えて、帰如加住民にも協力してもらう。どのように協力してもらうかというと、帰如加の住民の家に観光客を宿泊させてもらうよう依頼するわけだ。つまり、帰如加へのホームステイを企画する。もちろん、対等の対価は払う。これは沖縄で行われた海邦国体のときの真似である。ただ泊めるだけではなく、高齢者世帯に泊める。そうすることで、こもりがちになる高齢者をケアする意味合いを持たせ、かつ、介護度において要介護から介護不要に向ける意向もある。ホームステイの代金を払って介護予防を促すのである。また、食事に関しては高齢者のための配食サービスを利用する。また、配食サービスには沖縄の長寿食を中心に配食してもらう。ここで大宜味村の特産物を入れるのもいい。つまり、今持ち合わせているストックや既存事業をうまく利用するわけだ。福祉の受け皿としては社会福祉協議会等があり、大宜味村においても、民生・事項委員がいることなどを活用する。民生児童委員に多少の(とは言っても地元のことだから特段の観光知識は要らないはずだが)観光案内のレクチャーを教育委員会が中心となって行う。小学校に向けて行っている歴史教育等を民生、児童委員にも行うわけだ。また、空港からの送り迎えについては、レンタカーを利用する客は別として、大宜味村に来る客にはあえてバス利用、もしくは村からの送り迎えを行う。宿泊施設、および村からの送り迎えは自主財源持ち出しになるが、完全予約制とすることで、年間の見通しを立てることができる。また配食に関しては介護保険の配食サービスの外部委託しているはずなので、それを拡大し、観光客の食事の分に関しては観光客から出してもらう。つまり、昔小学生向けにあった雪下ろし体験などを公共側が行うわけだ。加えて、公共の福利に反しなければいいので、公共の福利に反しないような観光計画が重要な鍵を握る、というわけだ。
 その前に、体験型宿泊ならハワイじゃなくて、どこの世界でも、日本だってあるじゃないか、イギリスのグリーンツーリズムと一緒じゃないか、といわれそうだ。その通りである。すんなり認めよう。そうだ。その通りだ。世界中、日本にも農村なり寒村部はある。だからなんだというのだ?大宜味村には、そこにステイしなければわからないよさがある。これぞまさにオンリーワンではないか。先ほど、自然のあるところはみな美しい、と言うキーワードを挙げたが、自然のあるところは郷愁などを含めても、どこでも美しく、そして、やりようによっては美しい観光計画が立てられるのだ。
 また、日本広し、といえども、沖縄が特に変わっている点がある。それは何か、というと工芸である。
 沖縄の工芸は全国と比べても非常に変わっている。それに気づいている人はどれくらいいるのだろうか。ここ最近で一番のヒットは「かりゆしウェアー」である。かりゆしウェアーが出た頃は、ダサくてダサくてどうしようもなかったのだが、本物の、伝統的な織り、余計なデザインの排除は、テキスタイルの新たな境地を開いた、といえるかもしれない。着物としての織物を、そのままシャツにすること事態に無理があったのだが、機械で織ったシャツと、手で織ったシャツとは、まるで光沢が違う。友人が読谷花織のシャツを着ていたことがあった。紺一色で、普通のシャツだと思っていたが、私の母方の祖父は仕立て屋、加えて母も洋裁を行うことから、私の洋服を見る目はかなり高いと自負している。友人が着ていた紺一色のシャツは、はじめこそ何とも思わなかったが、次第に目が行き、目が離せなくなった。その友人に聞いてみると読谷花織だという。定価2万円だったそうだ。納得がいった。
 それでなくとも、県や役所の3役が来ているようなかりゆしウェアはテキスタイルとして認められているのではないか。そう感じずにはいられない。
 しかし、まだまだある。琉球ガラス、紅型、焼物である。もうなくなってしまったが、紅房の漆器などもすばらしいものがある。
 なぜこれがいいのか、というとすべて実用品なのだ。たとえば、お土産で「こけし」などの置物を買ったとしても、いずれは物置行きだし、捨てられるのが関の山。それからすれば、伝統工芸品であり、実用品なる沖縄の伝統工芸は今後の取り組み次第では道が開けている、と考えている。
 今後の取り組み次第では、と書いたが、お土産品店と見て回ると、伝統工芸品はまだまだ使いにくいものが多い。先にあげた「かりゆしウェア」もシャツのパターン(シャツの形)としてはまだまだ発展途上だ。最新のモードを見ているとわかるだろうが、わきの下を少し絞って、体をきれいに見せるようにデザインされている。つまり、かりゆしウェアにも、最新のモードの導入が必要なのだ。
 丹精込めておられて織物に、はさみを入れるのは勇気のいることだろう。着物として、和裁で作り上げれば、何度でも仕立て直しできる。つまり何世代でも仕立て回しできるのに対し、一度洋服にしてしまうと、仕立て直しはできない。そのあたりは英断が必要であるが、沖縄の伝統工芸でかつ実用品を作っている工芸所に関して言えば、(下世話で、おせっかいかもしれないが)もう少し、観光客のトレンドを見つめる必要がある。
 県が策定した沖縄復興計画では、ITだの何だのといっているが、ITにしろ、何にしろ、市場経済に乗り、競合する社会へ乗りだすならば、常に競争を強いられる。特にに沖縄には第2次産業は向いていない。流通コストを考えると、沖縄での労働力は高い割りに、流通コストを削減できないという、利用者にとってはいいことなしのフリートレードゾーン。そんなところに目を向けるより、今持ち合わせてりる事業をうまく組み合わせることで、新しい事業など行う手も、県経済が良い方向へ向かう芽が、もうすでに沖縄にはたくさん存在することを忘れてはならない。
 そのためには「差異化」と「相対化」「自然のあるところはみな美しい」が必要不可欠なのだ。   

Posted by 清水研☆オールスターズ at 02:33Comments(0)TrackBack(0)イチロウのつれづれ都市計画

2005年11月08日

Choken 呟く!!

 Chokenです。このブログって誰でも閲覧できるんですよねー。書き込みもできるのでは?
この前の話では書き込めないようにしようということではなかったでしょうか?

 自分の飲み込みが悪かったのかも~。

さて、1月の懇親会の件、先生にも話さないといけないですよねー。忘れてました。
先生の予定次第だったりして・・・。先生にメール出してよろしいですか?僕ボクサー  

Posted by 清水研☆オールスターズ at 20:00Comments(1)TrackBack(0)呟きまくり!!の予定

2005年11月08日

このブログについて

 清水研第1期のイチロウです。10周年記念誌を作成するにあたり、ブログを設置してみました。
 このブログを設けた理由は、10周年記念誌を作るにあたり、一元化を避けるために設けられたものです。また、清水研OBは都市計画コンサルタントだけでなく、建築設計事務所、果てはプータロー(俺の事じゃん)まで、さまざまです。そのため、10周年記念誌を作成するにあたり、記念誌へのエッセイなり、コラムなりの執筆をお願いする時期、もしくは執筆できる時期が職業によってまちまちになってしまいます。そこで、今年から、来年1年間、清水研の(OB、現役生問わず)研究生が、書き込みをできるブログを用意し、随時書いていただけるスタイルをとることにしました。
 これにより、設計事務所に勤務していても、コンサルタントに勤務していても、あるいは公務員でも、気軽に書いていただけるテーマを各自で設定し、気軽に書いていこうという趣旨です。また、このブログが最終的に編纂され、記念誌としてふさわしい内容を記念誌に載せ、あるいは補完すべき内容については補完するよう、お願いするかもしれません。また、記念誌に載せるにはそぐわない内容については見送ることもできます。このブログ上で記事の投稿、編纂が行うことができるといいな、そう思っています。また、このブログに投稿する文章も各自、自由に設定していただきたいと思います。つまり、自由に投稿して頂きたい。そう考えています。
 ですので、皆様、気軽に文章を投稿してくださいね。よろしくお願いします。  

Posted by 清水研☆オールスターズ at 15:41Comments(0)TrackBack(0)清水研10周年誌ブログについて